2015年7月9日木曜日

ストーリーで学ぶ10万部三連発 1

プロローグ

能ある鷹は… 
 街がクリスマスイルミネーションで飾られ、寒さがだんだんと感じられ始めた。
そんな11月下旬の午後一番に、N氏がどうにも不機嫌な顔をして、店にやってきた。

「こんにちは」
と、言う声も幾分か沈んだ声だ。

「どうした?元気ないじゃん」
「今はどの店も季節商品でいっぱいで、仕掛け売りのスペース取りなんか全然できませんよ。ましてや100冊単位の受注なんて、とてもじゃないが無理です。仕方がないから、1月になったらまた営業をやり直します」
と、しょぼくれて言葉を返した。

「何言っているの。クリスマスセールは12月25日に終わるじゃん。1ヶ月先のことだよ。今、営業を頑張って、次の仕掛け売りの予約をもらってこなきゃだめなんだよ。1月になって店に営業に行ったって、どの店でも、もう次の仕掛け売りの商品は決まっているだろうし、その次っていえば、1月末から2月のスペース取りになってしまうじゃん。そんな悠長な営業で、10万部計画なんかできるわけがないだろう」
と、どやしつけてやった。

するとN氏はびっくり眼で私の顔を見て、
「もう一度行ってきます」
と、店を飛び出して行った。

11月の書店に出向いた出版社の営業マンは店頭の一等地で日記、手帳、カレンダーなどがところ狭しと並んでいるのをよく見かけるだろう。
そうすると、通常の商品の仕掛け売りスペースをいただくなんてとても無理だ、年末年始商品の販売時期が終わる1月中旬以降にならないと、仕掛け売りのスペースの空きなんかないと思う人が多い。

N氏もそのように考えたのだろう。営業経験の少ないN氏が1月になってもう一度営業に行こうと思うのはある意味仕方がないのかもしれない。

年末年始商品と言われる日記手帳やカレンダー、年度版の暦、占い本などは1月中旬から下旬まで販売期間が設定されている。だが、クリスマス関連商品は12月25日を過ぎると完全に撤去されてしまう。実はそこに商機があるのだ。

季節に合わせた商品の展開というのは小売業の宿命のようなものだが、ビジネス街の店などではクリスマスイメージはそれほど強くはない。
ターゲットとする客層はもともと少ないし、ビジネスマン向けの日記手帳の方が需要が多い。

客層として女性が多い店や、親子連れ、ファミリー層の多い店では、クリスマス商品をメインに据えて販売促進を図る人たちが多い。そういう店では一等地でもこじゃれたクリスマス商品を展開してお客さまに提案する傾向がある。
すると、12月25日を過ぎるとそのスペースが空くことになる。

つまり、本質的に年末年始商品の商機は二種類に分かれているということなのだ。それを知っている営業マンはクリスマス明けのタイミングで、仕掛け売りのスペース取りを確保しようとねらっている。

年末から正月明けまでの年末年始の連続休暇の日数はゴールデンウィークより長い。年の初めに今年こそは自分を変えたいと願う人たちも多い。だからこの時期に自己啓発本の需要は高くなる。
クリスマス向けの本から一転して、自分に投資するために読んでほしい作品をおすすめすることはそうした意味で理に叶っているスタイルの筈だ。

一週間後、また店に顔を出したN氏は
「恵比寿の店でクリスマス明けに、レジ前のテーブルで、仕掛け売りの予約をいただいてきました」
と、元気を取り戻した顔で言った。
恵比寿の書店は若くて活きのいい働く女性が多く来店する店だ。

N氏が10万部計画を始めようとして取り上げたのは、元女性秘書の書いた「気づかい」をテーマにしている作品だ。この店の客層にジャストフィットする可能性がある。
山手線の南側、渋谷、恵比寿、目黒、五反田、品川と続く、新しいビジネスを発信し続けているエリアの主要駅に立地して、客数も多く店としての販売力もあるとても効率的な店舗だ。

女性客が多い割にビジネス書も良く売れる店として、この店の商品の動向には注目していた。時々ユニークな作品がベストテンにランクインするので、出版社の営業マンに情報をもらうようにしている。
そうした意味では他の書店への影響力もあるし、N氏の拠点づくりにはもってこいの店だ。これは化けるかもしれない、期待をしてもいいのかもしれないと感じ始めた。

「もしかして、おぬし爪を隠していたのか」
と、おどけて言うと、
「いやいや、私は別に能ある鷹ではありませんし、こんな店で仕掛けてもらったらいいだろうなと考えて飛び込みで営業をしていたら、たまたま担当の方と良い話ができて、仕掛け売りのスペース取りができただけなんですよ」
と、N氏は謙遜していた。

言われたこと、やらなければならないことを、すぐに実行できるのは力がある証拠だし、その力を持っていることはこの報告で確認できた。
どやしつけた時点ではどうしようもない営業マンだと考えたが、これなら何とかなるかもしれない。


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