2015年7月11日土曜日

ストーリーで学ぶ10万部三連発 3

拠点づくり
個人授業で丸山の講義を聞いて、10万部計画のチェーンオペレーションでの拠点づくりのやり方は理解できた。ただ、それをN氏が取り上げた作品に直接的に応用するのは難しい。

素材として客層のターゲットがテキストの作品とは違うし、書店営業としての経験の浅いN氏には、仕掛け売りの好きな書店の担当者も思いつかないのが現状だ。
ましてやチェーン本部で一括注文を受けられるとは思わなかったし、仕掛け売りの拠点づくりを自分でしてあげようという親切なチェーン本部担当も思いつかない。

だから拠点づくりをどうすればいいのかは切実な課題だったし、どのエリアのどこの店に営業に行けばいいのか、N氏にはすぐには思い付かなかった。

新刊は取次を経由してパターン配本が基本なのだが、都心の主要店やチェーン店の主要店には営業が回れる範囲で直接営業に出向いて、事前受注を行って指定配本をさせてもらっている。

新宿の店もそういう店でそれなりの受注を受けて配本後すぐに動きが出ていると聞いた。その店ではビジネス書の売り場だけでなく、一階の話題の本のコーナーにも商品を展開してもらった。
初速の動きが良くて、売上と在庫の確認に訪問するたびに品切れになっているケースが多かった。出版社としての知名度も高くないので、その書店担当者も積極的に仕掛け売りをするほどには商品に注目してもらえなかった。

新宿の店の状況を見るにつけ、何とか品切れの心配をしなくて済むような部数で仕掛けてくれる書店を探すのが急務だとN氏は考えた。
ただ、11月は季節商品でスペースが抑えられていて仕掛け売りのできるスペース取りはなかなか難しい。

丸山にどやされて、もう一度仕掛け売りの拠点づくりを真剣の考えることにしたN氏は、商品そのものを見つめることにした。商品自体に似合った店ならもしかしてチャンスが生まれるのではないかと考えたからだ。


山手線を4分割して考えてみる
着目したのは商品自体が求めている対象客層と、そういった客層がうごめいている商圏だった。

「気がきく」をテーマにしているこの作品は、それなりの知的レベルのある人を対象としているように思える。昔で言えば女性の希望の星だったスチュワーデス、今はキャビンアテンダントと呼ばれている方が似つかわしい。
教養がそれなりにあって、若くて、美しくて、元気で、前向きに働く女性たちがターゲットに一番近いように思えた。

この商品の商圏として最もふさわしいエリアはどこなのか。N氏は丸山に教えられたマーケティングの手法をここで応用しようと思った。山手線を四分割て考えてみるということだった。

先ずは東。東京駅を中心に有楽町から神田駅近辺までを想像してみる。日本をこれまで動かしてきた大手企業の本社があるエリアだ。
近代以降の中心を担った歴史を感じさせるエリアだし、プライドが高く自分が世の中を動かしているという気合が感じられる街だ、だが、イマイチそこで働く女性のイメージが思い浮かばない。
活きがいいのは男性で、女性は男性の補助をしているイメージになってしまう。確かに男性の補助をするのは気がきく人がいいのかもしれないが、どうにも主体性を感じられない印象が強く、この本とはつながらないような感じが強かった。

次に北側。池袋を中心に考えてみる。池袋のイメージは若い学生だ。それと後背地に控えている埼玉。どうしてもインテリジェンスと田舎が同居しているイメージが強いエリアだ。
進取性に富んでいるイメージと泥臭さが抜けないイメージが同居している。何とも言えないアンビバレントな印象がぬぐいきれない。女性をイメージすると立教の学生と埼玉方面からやってくるファミリー層のイメージが重なってしまう。

西側は新宿を中心に考えてみる。日本一の集客を誇る街だし、何か刺激を求めて集まってくる若者を含めて、あらゆる客層がいるようなイメージだ。
中央線、総武線、埼京線、京王線、小田急線、西武線など多くの在来線を使って沿線の住民が働くために通う街だし、家族が総出で買い物に出てくるイメージが強い。中国、韓国人のイメージも強いし中東系からアフリカ系まで何でもごされのイメージだ。


まずここを攻めてみよう
最後は南側。渋谷、六本木、恵比寿から五反田あたりまでを思い描いてみる。この地域の後背地は世田谷から川崎、横浜エリア。主に南側から人々がこの町にやってくる。

既存の組織の中で立場を築いていこうとするより、新しいビジネスに挑戦して、起業して成功する人たちが多いのが特徴だし、IT系のベンチャー企業で成功した方々がたくさん事務所を構えている印象も強い。
新規性が強くチャレンジ精神が旺盛だと感じるエリアだ。N氏の会社も編集長が独立して起業した会社だし、神宮前に事務所を置いていた。

ついでに東京駅から新宿駅までの中央線沿いのエリアを考えてみる。
この地域はやはりビジネス街という印象が強い、昔は学生街だったこともあるが、多くの大学のキャンパスが郊外に移転してからは、跡地に高層ビルが建ち並び、一流企業の本社機能が集まるようになった。
そんなこともあってビジネスマン中心にすべてが動いているような印象を持ってしまう。

東西南北及び中央を考察したN氏は取り上げた作品の性格を考えて南側を攻めるべきだという結論に達した。
南側エリアの中で渋谷は高校生や大学生などの若い年代層が多く集まる街だし、書店ではファッション雑誌やコミック、サブカルチャー系の分野を得意にしている店が目立つ。

恵比寿は若くて活きのいい、働く女性が多く集まる印象が強い。この地域の商業施設の中心をなしているJRの駅ビルはそんな女性たちに支えられてファッションビルとして成功している。
そのビルで営業している書店は、表向きは女性向けの姿を見せつつ、それなりにビジネスやコンピュータ系の書籍も充実して、よく売る印象があった。

ビジネス書でありながら一般書的な感覚を持ち、女性向けに作られたN氏の取り上げた作品のターゲットは、南側エリアに集まる若くて活きのいい働く女性が似合っている。
山手線を四分割してマーケットを考えたN氏は、仕掛け売りの拠点づくりのために渋谷、恵比寿、目黒、五反田あたりの書店に声をかけていく作戦を取ることにした。

山手線の南側に着目して仕掛け売りの拠点づくりのための営業をスタートさせたN氏は、渋谷の路面店のビジネス書コーナーで50冊規模の仕掛けを受注することができた。

年末年始商品の並ぶ店の一等地とはいかなかったが、1Fの中奥にあるビジネス書の仕掛け台のスペースを確保することができた。新宿の店での売り上げ推移をお話して、納得していただいて受注ができた。
とりあえず、幸先が良い受注でほっとしているが、仕掛け台での売れ行きによっては、タイミングを見て入り口近くの一等地に移してもらうことも約束してもらった。


若くて活きのいい働く女性に似合う
渋谷で受注が取れて、気をよくして次に向かった先はスレンダー美人のSさんがいる恵比寿だった。この店はN氏が取り上げた作品がジャストフィットするように感じている。直感だった。

店に着いてSさんに会う前に、入口近辺やレジ回りの拡販スペースに何が置かれているのか確認した。するとレジカウンター前に小ぶりのテーブルが置かれ、おしゃれなクリスマス向きの商品が並べられていた。

これだ。この商品は間違いなく12月25日を過ぎるとすぐに外されてしまうだろう。何としてもこの場所が欲しいとN氏は切実に思った。
Sさんを探してみたが売場にはいなかった。品出し作業をしている書店員さんに聞いてみると、今は休憩中で、後20分ぐらいで帰ってくるはずだと教えてもらった。高鳴る胸を押さえ、N氏はしばらく待つことにした。

Sさんとは毎月翌月の新刊の部数の打ち合わせをさせてもらっていた。自分と同じくらい身長があるのだが、でも体重は10キロぐらい少なさそう。軽やかに笑顔で働いている姿にいつも元気をもらっていた。
ようやく休憩時間が明けて売場にSさんがやってきた。軽く会釈をすると気付いてくれた。

「こんにちは」
と明るく声をかける。
「ごめんなさい、お待たせしてしまったようですね」
「とんでもない私が勝手に待っていただけですから」
たわいのない挨拶にも好印象を持たせてくれるSさんは今日も笑顔だった。

「今日お伺いしたのは『気がきく』の仕掛けの相談がしたかったからです。実はある人の主催している塾に入って、この作品で10万部計画をすることになったんです」
N氏は必死に10万部計画を始めるに至った経緯と10万部計画のストーリーを説明して、何とか仕掛け売りの拠点づくりに協力してもらえないかと話した。簡潔に話したつもりなのだがそれなりに時間がかかってしまった。

「それでお尋ねしたいのは、レジ前の小ぶりのテーブルの次の仕掛け商品が決まっているかどうかなんです」
「ああ、そういうことね」
「もし決まっていないようだったら、クリスマス明けのタイミングで『気がきく』をお願いできないかと思いまして。若くて、美しくて、活きのいい、Sさんのような働く女性がターゲットです。いかがでしょうか」
「まあ、お上手。そうね、まだ次の商品は決まっていないから、ちょうどいいかもしれない。この店の客層にも合いそうだし、もしかしたら売れるかもしれないね」
「10月中旬発売で1ヶ月間に2万部まで来ています。売れています」
「わかった。じゃあ、パネル付きで12月26日から仕掛け売りを始めましょう。手配をしてください」
「ありがとうございます」





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