2015年6月22日月曜日

私のミリオンセラー計画 10

9. エピローグ

ミリオン達成
気の早い梅がちらほらと白い花びらを見せ始めた2月中旬、靖子は丸山を訪ねた。何時ものようにアポイントを取った時間に店に入っていくと、ちょうどそこにバックヤードの方から丸山が出てきた。

「こんにちは、丸山さん」
「やあ、いらっしゃい」
靖子の挨拶に丸山が答える。いつもの挨拶ができて、今日は良い雰囲気でお話しができそうな気がした。
「何時もの店に行く?」
「はい、丸山さんがよろしければ」
いつもの店で、いつもの席に座っていつもの飲み物を注文する。変わらないスタイルに安心感を覚える。

「今日は2つ報告があります」
「おっ、今日も2つですか。ずいぶん前にもそんなことを言われたような気がするぞ」
「一つは、来月の10日出来で、ようやく『カント』がミリオンセラーになります」
「やったね!おめでとう」
「ありがとうございます」

本来なら涙の一粒も流さなければおかしいところなのだが、これだけ待ち望んだ時が来たのに、靖子の気持は意外なほど平静だった。じっくり、辛抱強く売るペースが自分の身に染み込んでしまったからなのかもしれない。

丸山もハイタッチして喜んでくれるのかと思ったら、言葉の割には平然としていた。ミリオンセラーができて当然という顔をしている。すでに2つのミリオンセラーを身近に見ているので新鮮味が乏しいのかな。

「なんだかんだ言って、毎月5万部重版のペースが続いていたので、2カ月あれば10万部は作れると思っていた。だから1月に90万部を決めた時点で、この日は予測できていた。うーん、それにしても良かったね、念願のミリオンセラーができて。ほぼ最初の計画書のスケジュール通りだね」
「1年2カ月かかりました。『マネジメントの力』がミリオンセラーになった7月から、数えると8ヶ月後になります」
「長い道のりのようだったけど1年2カ月でできてしまうなんて、歴代のミリオンセラーに比べて、遅い方とは言えないと思うんだけど。POPのコピーでミリオンセラーにしたケースは20年後のミリオンセラーだったし…これは論外か」
「ダイエット食堂も短期間でミリオンセラーになってしまいましたので、カントは亀のような足取りだと思った時もありました。でも、そんなに遅いペースでもなかったんですね」

「直接取引でミリオンセラーを作ったというのは珍しいと思う。ミリオンセラープロジェクトに感謝ですね」
「はい、一人ひとりががんばるだけの営業を続けていたら、私は今頃潰れていたと思います。みんなの力を結集した結果のミリオンセラーですし、営業のスタイルも新しい形態を模索できたと思います」

「4月から法人単位中心の営業を始めるって、この前言っていたよね。これもミリオンセラープロジェクトの仕事の流れで出てきたの?」
「はい、多分そうだと思います」
「うちのチェーン担当になるって、この前は言っていたね」
「はい…」
靖子はうやむやに答えて、そこで話題を変えた。

「100万部突破記念は『ゴールド箔』です。これだけは社長室もプロジェクトメンバーも全員一致で決定しました」
「やはりそうですか。まあ、誰もが認めるところでしょうね」
「それで帯に100万部突破!とこれもゴールドで入れることにしました」
「本体のカバーは絶対いじってないよね。首尾一貫して本のデザインを損なわないように気を使っているんだね。バーコードさえ帯に印刷しているぐらいだもの」

「そう気づいていただくと嬉しいです」
「100万部っていうとそれだけで話題性が高まるから拡販のチャンスだよね。パブリシティにも乗りやすいだろうし」
「はい、みんなアイデアをたくさん出してくれました。著者の講演も決まっていますし、もう一度、会社ぐるみで盛り上げていきたいと考えています」

 転職
「ところで、もうひとつの報告って何?」
「実は、来月で退職することにしました。4月から新しい会社に移ります」

「えーっ、どうなっているの。4月から少し偉くなって、部下を持って法人単位の営業をするんじゃなかったの。しかも、うちのチェーン担当になるって言っていたじゃない」
「はい、そういうことになっていましたが、1月に知り合いから超一流企業が営業マンを募集していると聞いて応募してみたんです。3000人も応募した方がいたそうです。なんと、採用されてしまいました。合格したのは4名だけでした」

「ひょえー、3000分の4ですか。すごい確率だな!」
「一次面接では緊張してしまって自分らしいスタイルを表現できなかったんですが、何とか生き残れてラッキーでした。二次面接以降は緊張感から解放されて、自分らしくお話しもできたし、自分でも満足できる出来だったと思います」

「どういう会社なの」
「上場はしていないですがハイボールの宣伝で有名な会社です」
「えっ、まったく違う業界なの?それも誰もが入りたいと願う超一流企業じゃないか」
「はい、会社のスケールが違いますので、とてもわくわくしています。滅多に途中入社の社員を採用することはないと聞いていたんですが、たまたま、チャレンジしてみたら受かってしまった。そしたらそっちの方がとても魅力的に見えるようになってしまったんです。不採用だったら、丸山さんの所のチェーン担当をするつもりだったんですが…」

「いやー、びっくりした。まあ、ミリオンセラープロジェクトも成功させたし、会社に芳川さんの足跡を残すこともできたから、もう、いいのかもしれない。これから先はどんなイメージを持っているの?」
「新しい会社での営業で大きな成果を出して、営業マネージャーになることができたら、E社から著作を出してもらいます。そんなイメージを持っています」

「結婚とかは選択肢に入っていないの?」
「今のところ全然考えていません」
「ふーん、本当のキャリアアップ志向なんだね。人より一桁多い受注ができる営業マンが、ミリオンセラープロジェクトでは組織を動かして大きな仕事をして、新しい営業のスタイルが確立できた。この一年間、悩みながら、前進と停滞にゆらぎながら本当に頑張った成果だと思う。このあたりでキャリアアップするのもいいのかもしれない」

「丸山さんには本当にお世話になりました。ありがとうございました」

そして、私のまわりからまた美女がひとりいなくなってしまったのだ…丸山が芝居のセリフもどきの発言をして今日の報告は終わった。

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