2015年6月4日木曜日

だからこの本は売れた

帯のコピーを工夫してミリオン

20年前のちくま文庫の創刊ラインナップの『思考の整理学』を、異常な数字で売り伸ばしている書店を発見した出版社の営業担当がその店を訪問した。すると、売れている原因がわかった。
「もっと若いうちに読んでおけばよかった」というPOPのコピーが素晴らしかったのだ。このコピーが本の素晴らしさを端的に表現していて、お客さまに本を手に取らせることになった。
元々この作品の著者は人文書のジャンルでは売れ筋の作家だったから、ちくま文庫の創刊ラインナップに入れたのだと思う。手に取ってもらえさえすれば内容に満足して売れていくと考えたのだろうし、口コミで内容の良さも広がっていったのだろう。
考え方や思考力というテーマはビジネス書では仕事の5力の一つの分野として考えられているほど重要なものだ。それをやさしく解説しているので、学生からビジネスマンまで男女を問わず客層の広がりも持つことができたのだろう。

その書店担当者の了解を取って、POPやパネル、本の帯にも、その店で使っていたコピーをそのまま使用することにした。すると、仕掛けた店の売上がみるみる上がっていった。特に大型店の反響が大きかった。
営業マンから大型店での売れ行きデータを見せられて、仕掛け売りを提案され100冊展開で始めて、売れ行きに合わせ展開冊数をだんだん大きくしていき、200冊、テーブル1台展開で販売を継続させた。
売上がひと段落し、仕掛け売りをやめる書店が出始めたころ、今度は「東大・京大で一番売れた本」というコピーの帯が登場した。知の権威ともいえる東大と京大の生協では年間売上第一位だったそうだ。この帯もこの作品の良さを効果的に紹介したコピーだった。
売上がひと段落してやめていた仕掛け売りを再開する店も多くでてきて、売上も回復して50万部を突破できたので、次は何とか100万部を超えさせたいと、出版社のメンバーは考えた。

彼らは話題性づくりのための仕掛けを考えた。まず、東大で著者に講義をしてもらうイベントを企画した。マスコミに取材を持ちかけ、その模様はTV番組で紹介された。京大でも同じスタイルで講義を行った。
こうしてメディアにインパクトを与えつつ、話題性が高まるような仕掛けを継続した。こうして発売から20年の歳月が過ぎた作品はミリオンセラーになった。その後は、200万部を目指して「二年連続、東大・京大で一番売れた本」というコピーが帯に使われた。
『思考の整理学』は帯のコピーがミリオンセラーを作った事例として私の記憶に残る作品となった。


書店員をその気にさせてミリオン

ミリオンセラーはそう簡単にできるものではないはずなのだが、何となく100万部突破という広告を毎年必ず見ているような気がする。
2009年も村上春樹作品がダブルミリオンになった。これは久々の彼の作品であったため、発売と同時に社会現象と言えるような反響を引き起こしていた。18万部からスタートした刷り部数は少なすぎたと言われるほど売れ、数ケ月でミリオンセラーになった。これは作家と作品の力でミリオンセラーが生まれた事例だ。
同じように翻訳もののハリー・ポッターシリーズも全巻200万部以上の売上を記録している。もう完結していて新刊の発売は無かったのだが、作品の魅力が大人から子供までに知れわたったこのシリーズは世界中で売れている。
また、20年以上の歳月を経てミリオンセラーの仲間入りした作品もあった。ミリオンセラーがどのようにして生まれるのか、また、意図してミリオンセラーは作れるのか考えてみたいと思う。

ミリオンセラーの作り方にひとつの事例がある。書店人を味方に引きずり込み、書店員にその気になってもらって売り伸ばす方法だ。2006年にこのパターンでミリオンセラーが生まれている。
新刊発売前にカリスマ書店員を集めて商品研究会を開催した。ゲラを渡され、読んで気に入ると書店員は売る気になる。ましてや希望数通りの初回配本で商品量が充分に確保できると一人ひとりが自分の店で売り伸ばしていく。売れるとわかると、他の書店員にも仕掛け売りが広がっていく。
著者の書店訪問も頻繁に行われたようなのだが、お気に入りの作品の著者に訪問されると書店の担当者はみんなその気になっていく。

書店員たちが喜んで売っていたものだから、みんなが投票して本屋大賞に選ばれた。本屋大賞に選ばれると、本屋大賞第1位の帯を付けて拡販される。ここでもう一度売り伸ばしのチャンスが生まれる。
そうこうしているうちに話題性が高まって、ドラマ化、映画化の話しが持ち上がった。そこで3度目、4度目の拡販のチャンスが生まれた。こうして長く売れ続けて爆発的な売上を記録してミリオンセラーになっていった。

どの出版社もこのパターンを使ってミリオンセラー作りをねらっている。その陰にカリスマ書店員とおだてられて協力している書店員が多くいる。「東京タワー」などがこの事例に当てはまるようだ。



第一位帯が引き寄せてくれる

私が所属していた書店は駅ナカ、駅チカの店がほとんどなので、雑学系文庫が強い傾向があった。だから、売りたがり書店員が自主的に拡販活動していたころの仕掛け本はほ雑学系の文庫が多かった。
売れそうな作品を選んだことと、商品をこころよく提供してくれる出版社の作品を選んだ結果として、中堅出版社の文庫が多く取り上げられていた。その反面、大手出版社は相手をしてくれず、小説作品も取り上げられることは少なかった。

彼らの活動も大手出版社の方から声をかけられたことで転機がやってきた。それまで店の文庫担当者だけで仕掛け売りの作品を決めていたのだが、この時は大手出版社の協力を得て仕掛け売りを始めることができた。
出版社で行われた会議の後の飲み会で話しを持ち込まれ、酒の勢いと景品として提供されることになったディズニーチケットに心を動かされて全店大仕掛けを始めることを決めた。最初は2000冊と提案されたのに、飲んで騒いでいるうちに目標冊数が5000冊にまで膨れ上がった。

20059月からスタートした雑学系の仕掛け売りに割り込んで、同時進行で2作品の仕掛け売りが始まった。
仕掛け売りのスペース取りや、POPや陳列技術の向上が目立ってきて、その結果99%の誘拐』は拡販期間3ヶ月で8000冊という記録的な売上になった。景品として出版社からたくさんのディズニーチケットを頂き、顕著な実績をつくったメンバーに配布することができた。ちなみに同時に仕掛けた雑学系文庫も3ヶ月で5000冊以上売れた。

99%の誘拐』が売れた理由を売りたがりのメンバーに聞いてみると
1. 「第一位」の帯付きだったこと、
2. 装丁がシンプルで色使いも良く、多面陳列した時の見映えが良かったこと、
3. 店レベルでの陳列技術のレベルアップがあったこと
などの意見が返ってきた。
中でも第一位帯が「売れていることがわかる」情報として、お客さまの商品の選択の助けになっているという意見が多く出ていた。
確かに何年も前から売れている本へお買い上げが集中する傾向が顕著になってきていたし、第一位帯の影響力が強いことも感じられていた。装丁の紺色が鮮やかで、赤字の第一位がとても目立って、ボリューム陳列がすごく浮き立って見えるように感じた。

店レベルでの陳列のレベルアップというのは、角川文庫の「ダ・ヴィンチ・コード」の経験によるところが大きかった。一年間で上・中・下3巻で10万冊の売上を記録した時の経験が生かされ、多面陳列の技術、場所の確保、物量の消化、POPの使い方等これほど良い訓練になったと感じた作品はなかった。

装丁の良さでお客さまを引き付ける

店の文庫担当者に出版社担当を割り振り、スケジュールに従って、45名ずつでチームを組んで出版社訪問をし、そこで全店大仕掛けの候補作品を推薦していただくようお願いしたことがあった。
訪問した出版社では文庫の営業担当者が実物を持ち出し詳しく説明してくれた。彼らの説明にひとつひとつの作品に対する強い熱意を感じた。
一日45社の訪問だったので、同席された一人一人の熱意に打たれると相当疲れたのだが、厳選された候補作品を一社あたり平均3点ぐらい推薦していただいた。
今までどおりに店の文庫担当者からも候補作品が集まり、出版社からの推薦と合わせ、重複推薦も含め候補作品は延べ60点になった。

選定会議では「5000冊以上売れそうか」を基準にして喧々諤々の討論をして10作品に絞り込み、選ばれた作品を購入して文庫担当者間で回し読みをした。一ヵ月後、31人が一位から三位までを投票した。一位票は『月の扉』に集中した。
なぜ投票したのか理由を聞いてみると、「装丁の良さにひかれた」という答えが圧倒的に多かった。「この本を15面並べてみたらとても映えると思った」という意見もあった。
文庫担当者はジャケ買いがあることを知っている。だから仕掛け売りの商品を選ぶ際にも装丁の良さを重要な選択基準の中に入れていたようだ。

10月から始まった仕掛け売りは2ヶ月間で7000冊を超え、3ヶ月目には10000冊を超えるブレイクスルーとなった。
特に一番店での実績はすさまじいものがあった。その店の担当者推薦でノミネートしたということもあったし、出版社の担当者との息が合っていたこともあって、店内の3か所にボリューム陳列を作っていた。
文庫担当者は帯付きの商品と帯無しの商品を分けて陳列し、どちらが売れるのかテストしていたが、帯無しの方が圧倒的に売れていたと報告があった。帯は販促の意味合いがあって付けるものなのだろうが、この場合は全く必要がなかったということだ。
単体での装丁の良さを感じる作品は数多くあるが、ボリューム陳列をした場での集合体としての装丁の良さはまた別物であるし、集合体としての装丁の良さを感じさせる作品だった。

出版社と店の文庫担当者から候補作品をたくさん集め、その中から売れそうな作品を10点選び、その作品を経費で買って、読んで投票をして仕掛け売りの作品を選んだ。この一連の仕組みが3ヵ月で10000冊の実績を作ったと私は考えている。
それでも、「本が売れた直接的な要因は本の装丁の良さにあった」と、この時の仕掛け売りに出会った出版社の方々や店の文庫担当者全員が感じていたのも確かなことだった。

売れる要素が満たされている

事前にゲラを読んで、気に入った作品を仕掛け売りすることがある。カリスマ書店員と言われている方々が何時も行っているように聞いている。
「本は読むものではない、売るものだ」
とうそぶいている私もたまにはそういうことをする。と言っても、最近の私が読めるのはもっぱら時代小説だけである。中学生の頃、家にあった山手樹一郎作品を読んでハマってから、有名な時代小説作家の作品はほとんど読破した。
だから時代小説ならゲラを読めば売れるかどうか分かる。作品が良いか悪いかではなく、売れるかどうかが分かるのだ。その辺のところにこだわるのが、昔ながらの書店員体質なのかもしれない。

チェーン本部でバイヤーをしていた時期に印象深い作品に出会った。『早雲の軍配者』だ。月例の新刊会議で出版社の担当者の商品説明を聞いている時に興味を持った作品で、すぐにゲラを送ってもらって読ませていただいた。
作品の第一印象は「戦国青春小説」というイメージ。新しい時代小説のひとつのムーブメントを作る作品になるように感じた。また、とても読みやすく、ノンストップで読み切ってしまった。

売れる時代小説の4つの要素は
1.     ノンストップで読み切れる
2.     主人公とライバルのキャラクターがしっかり立っている
3.     泣かせどころが用意されている
4.     テーマが新鮮、あるいは作品に新味がある
と考えていたので、この作品は4つの要素をクリアしていたので、「これは売れますよ」と出版社の担当者に伝えた。

20102月に発売されると実際に良く売れていったし、何回も重版された。そして、その年の秋に実施された全店フェアにノミネートされ、最終候補作品に選ばれた。もちろん私も積極的に応援した。
一ヶ月のフェアではダントツの売上で第一位となった。第一位作品には拡販のご褒美があったのでそこでも売り伸ばすことができた。
他の書店でも好調に推移しているようで、売上の勢いに乗って重版が重ねられていった。その後『早雲の軍配者』からスピンオフ作品が順次刊行され、12月には『信玄の軍配者』が、20117月には『謙信の軍配者』が刊行された。こうして一年半の間に軍配者シリーズ三部作が勢ぞろいした。


第二の佐伯泰英を探せ

20095月に発売された高田郁さんの『八朔の雪』は、ちょっと異色な、思い入れのある作品となった。売り伸ばした切っ掛けは、「角川春樹社長が作品に惚れ込んだ」と言って営業担当者が尋ねてきてゲラを読まされたから。
読んでみて感じたのは5つの項目。
1. 女性作家による女性が主人公の書き下ろし時代小説文庫
2. 市井ものに分類される作品
3. 巻末にレシピが載っている料理小説はこれまでになかった
4. 読みやすい文章だからノンストップで読める
5. ストーリーには泣きどころ満載だ

とても新鮮に感じられ、これは売れると思った。そこでビジネス書の担当であった自分が文庫担当を押しのけて、全店の初回配本を2,200冊で指定してもらった。中身が良いので、ボリューム感たっぷりの陳列にすれば絶対売れるという確信があったからだ。
この出版社の書き下ろし時代小説文庫の一番の売れ筋は「鎌倉河岸捕り物控えシリーズ」で、新刊は全店で1500冊程度の配本だった。その当時は「第二の佐伯泰英を探せ」が自分の仕事のテーマとしてあり、どうせなら佐伯作品以上の部数で勝負してみたかった。

店別に部数を割り振った注文書を送った後、角川春樹さんがわが社を訪問された。そして、「この作家に惚れた。絶対売り伸ばしたい」と言っていたので、出版社の積極的なバックアップも受けられると思った。
配本が多い店にはプルーフ本が渡されて、それぞれの店の担当者が事前にこの作品を読んでいた。気に入った作品は誰もが積極的に売りに走る。初速もよくて2200冊では足りずに追加を手配しなければならないほどの売れ行きを示した。

結果は同時期に発売された佐伯泰英作品よりも大きく上回る販売実績を上げることができた。同時発売された鎌倉河岸捕り物控えの『隠居総五郎』は全店で2,000冊程度の実績だったが、『八朔の雪』は3,000冊以上販売した。
その後、高田郁さんは続編を次々と刊行し、「みおつくし料理帖」というシリーズが確立した。新刊が出るたびに既刊本の売り伸ばしをするので、『八朔の雪』はその後も売れ続けて、全店で5,000冊を超える実績となった。

刊行されたシリーズ作品すべてが3,000冊以上の実績を残し、合計では3万冊近く販売されている「みおつくし料理帖」シリーズは、当社にとって、「鎌倉河岸捕り物控え」シリーズよりはるかに多く販売できるドル箱シリーズとなって、第二の佐伯泰英を探せというテーマは見事に達成された。



主人公の年齢設定に共感 

2009年4月発売された『あの日にドライブ』は16冊入荷の新刊だった。初速の良さから追加注文をするが、出版社の配本残の手持ち在庫が少なくて、重版もなかなか掛からず20冊の入荷が2回という状況だった。
これでは仕掛け売りという訳にはいかない。それでも
「チェーン店内では、今一歩ブレイクし切れていない著者の作品なので、この店で仕掛けて売ってやろうと思うけど、どう?」
と担当者と話して仕掛け売りをスタートさせようとしたので辛抱強く待つことにした。

4月末に重版が出来上がり100冊入荷して、ようやく仕掛売りが本格的にスタートした。5月から3ヶ月間100冊以上の売上をキープして、それ以後も地味ながら売れ続け、9月の時点で累計500冊をクリアした。

仕掛け的な売上は8月に終息したが、スペースを縮小しながら継続して販売しているので返品は発生していない。そうした意味では仕掛け売りの終息の仕方が見事にハマった作品と言える。

500冊超えしてチェーン店内第一位となっても、その後に発売された同著者の作品には影響力を与え切れていないように感じられた。
通常、仕掛け売りをした作品は売れた冊数に応じて、著者にお客さまが付いてくれて、次回作以降にもっと安定した売上を作ってくれるものだと思うのだが、この作品の場合はそうならなかった。とても不思議な感じがした。
なぜ売れたのかを考えてみて、
1. 通常の作品と比べて登場人物の年齢が高い
2. 自分から退職した元銀行マンという主人公の設定
が、この店のお客さまに受け入れられたのではないかと思った。

この著者の作品だから売れたというより、この作品の主人公の設定の魅力で売れたような気がしてならない。共感する主人公は感情移入がしやすいし、ストーリーにも入り込みやすい。そうした作品だから売れたのだと思う。
同じ著者の作品でも、テーマや主人公の設定によってストーリーや作風が変わると、顧客によっては興味が出てきたり、なくなってしまったりすることもあるのではないか。この作品の場合は主人公の年齢設定と店の主要客層の年齢が近かったこと。その結果として作品が受け入れられ、売れ方が変わってしまったと言えるのではないかと思う。

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