2015年6月8日月曜日

書店発ベストセラーのつくり方 3

3. 薫の仕掛け売り

 考える力
新書の『考える力』は12月の新刊で配本5冊だった。
通常、5冊では新刊コーナーに並べないのだが、表紙を見て、面白そうに感じたので、目玉商品がいっぱい並ぶ新刊コーナーに、あんこを使って上げ底にして、敢えて一緒に並べて置いてみた。
翌日出勤してみてびっくり、在庫が1冊になっていた。

タイトルもいいし、作品のテーマはベストセラーが時々生まれている。著者も過去にベストセラーを何冊か出しているし、売れる条件が整っているように薫は感じた。
「これはいけるぞ!」と思ってすぐに出版社に電話して100冊の注文をした。配本から2日目のことだった。
まだ、どこの店からも声はかかっていないらしく、手持ち在庫は充分にあるという返事が返ってきた。

電話をした翌日、出版社の営業担当の山田が大きなバックを担いで、減数無しの100冊を直納してくれた。
「ありがとうございます」
「いやいやとんでもない。ここは誠意を示さないといけないなと思って持ってきました」
「ずいぶんと重たかったでしょう」
「もともとA店とB店の2店舗で100冊の展開をお願いしようと考えていました。2店舗で展開して動きが出たら、重版をして、他の書店への積極的な営業を仕掛けてベストセラーを狙おうと考えていたんです」
「そうなんですか」
「だから自分にとっては渡りに船だったし、薫さんに注文いただいた話をしたらA店でも100冊注文していただきました」
「それはよかったですね」

満数出庫で、ましてや直納までしてもらって、希望通りの部数を確保できると、販売員は気持ちよく売り伸ばしができるものだ。薫も例外ではない。

陳列開始
受領印を押した伝票を渡して入荷登録を済ませてから、台車に積んで入り口付近の拡販スペースに運び、さてどこに陳列するかと迷っていると、丸山が近づいてきた。
「何を迷っている。今までの仕掛け売りの成功のパターンを思い出せ。おっ、山田さんか、直納してくれたんだ。ご苦労さま」
山田に挨拶をして自分の仕事に戻っていった。

そうか、今日の丸山はB店の日か。

「成功のパターンといっても、どのパターンにするか」
と独り言を言っていると、山田が脇から声をかけてきた。
「手伝いましょうか」
「大丈夫。どういう風に陳列するかちょっと考えがまとまらなかっただけだから」
「何でもやりますよ」
山田は優しく言ってくれた。

その声に励まされて薫の考えがまとまった。もしかしたら山田とは相性がいいのかも…
『思考の整理術』のパターンでいこう。
この店の仕掛け売りは何種類かのパターンがある。おすすめ本コーナーの平台に3×3の9面済み、3×4の12面積み、小ぶりのワゴン一台に15面積み、テーブル1台15面積みなどだ。
薫は『思考の整理術』を1500冊以上販売したテーブル一台のパターンで陳列を始めた。

「それでは山田さん、お言葉に甘えて『考える力』の紙パックを全部はずしていただけますでしょうか」
山田が作業している間に、薫はレジの向かいの柱前に設置されたテーブルに陳列してあった商品を外して、全部空の台車に積み上げた。そして、山田がパックを外した商品を順番にテーブルに積んでいった。
陳列の途中で薫は売れるイメージにするには商品量が足りないと思った。
「ちょっとボリュームが足りないですね」
「追加を入れましょうか」
「いやいや、まだ売れてもいないのに追加注文なんかしたら怒られちゃいますから。動きが出てからにしてください」
「わかりました。早とちりでした」
薫はあんこを使って上げ底にしてボリューム感を出すことにした。こんな時のためにあんこは十分な量のストックがあるはずだ。
「バックヤードからあんこを持ってきますので、それで調整します。ちょっと待っていてください」

 15面積み完成
薫は縦3列横5列の15面の陳列のうち、周りから目に入らない真ん中の奥から順番にあんこを底の部分に入れていった。そしてその上に商品を積んだ。5冊ごとに天地を交互に積んで、ようやく100冊の陳列が終わった。
「パネルも一緒に持ってきていますので、並べますか」
「そうですね、一気にやってしまいましょう」
「あとはPOPですか」
「手書きのPOPはあとで描くので、今は同封されていた印刷されたPOPを使っておきましょう」
外した商品を積み替え、少し商品を調整し、台車を片付けた。
「山田さん今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。こんな場所に並べていただいて感激です。拡販よろしくお願いします」

山田は店の一等地にボリューム陳列された自社の商品を見て、満足げな顔つきを見せて店を出ていった。

ちょうどそのころ、丸山がビジネス書の仕掛け売りの商品を両手に抱えて持ってきた。何回も同じ商品を持ってやってきたので、量も多そうだし、結構力が入っている作品のようだ。
他の入荷商品を店出ししながら薫は時々丸山の様子をうかがっていた。一挙手一投足がなかなか勉強になるからだ。

薫が本日の新刊をすべて出し終わったころ、丸山がテーブルに陳列された『考える力』を見ていた。そして、これで売れるのかな…とつぶやいた。
何ということを! 
私にだって商品を見る目はある。絶対売ってみせるんだから。
とは言いながらも、自分の気持ちを伝えるPOPとパネルをもう少し工夫しろということなのかな、アルバイトの佐藤にまた手書きPOP書いてもらおうか、などと考えていた。

陳列したその日から売上が上がってきた。大丈夫、これなら丸山の鼻を明かすことができるかもしれない。
「毎日売れていれば仕掛け売りは成功する」
というのは丸山が言っていたセリフだ。


 特別企画第三弾
正月休みが明けて、お屠蘇気分が抜けた頃、丸山がやってきた。事務所で顔合わせしたとたんに出てきたセリフが、
「ノミネート作品、集まっているかい」
だった。
「今のところ13人の方からノミネートしていただいています」
「そうか、銘柄はどう?」
「割りと売れ筋が集まっていますが、中にはちょっと微妙な作品も交じっています」
「ええと、12日に検討会をしよう」
「わかりました。メンバーはどうしますか」
「店長と我々の3人でいいだろう」
「了解しました」

1月12日、丸山がやってきて検討会をした。
新宿地区の会に参加した出版社の38人のちょうど半数、19人からノミネート作品が集まった。すごい確率だ。
中に品切れ状態だったり、在庫数がそろわないと言われたりした作品が1点ずつあって、17作品が残った。さて、これからどの程度絞り込むのか微妙なところだ。
「どうする?ここから7~8点落として10点ぐらいにするかい?」
丸山の発言に有田店長が反応した。
「どうしましょうかねえ、落とす根拠が難しいですね。それなりに売れそうな銘柄も多いし、おたく本も中には入っていますが…」
「あいまいなままに落としてしまうと、せっかくノミネートしていただいた方々に失礼になってしまうかも…」
薫はそう答えた。

 ノミネート
「売れる作品を加えよう」
唐突に丸山が言った。
「この銘柄だけだと絞り込んだとしても売上を取るにはちょっと微妙だろうから、店担当者推薦枠として、売れている作品を1点ずつノミネートしよう。それで、合計20点でフェアを組もう。新書だから20点でもそれほどスペースを取らないだろうし…」

丸山の発言に、薫は12月下旬以来仕掛け売りをしている『考える力』をノミネートすると言い、有田は売れ始めている『辺境の力』を推した。丸山は自信を持って『時間力』を選んだ。
「どうしてE社の作品を押すんですか」
薫は丸山に聞いた。
「普通、新書って700円から800円くらいじゃない。でもE社の作品は本体価格が1000円なのよ。これって美味しくない?」
「『考える力』だって税込みで1000円です…」
「それに売上登録のジャンルがビジネスなのよ。ビジネス書の担当としては、つい押したくなるじゃない。わかってくれる?」
「芳川さんを応援しているだけじゃないんですか?」
「それを言ったらおしまいじゃないか。企画を進めるには楽しさが大切な要素なのよ。私も楽しみたいのさ。売れている作品だし、結構いい位置取れる筈だよ。薫ちゃんのおすすめ作品は本当に売れるのかい?」
「売れますよ。今でも売れているんですから。『時間力』には絶対に負けませんから」
こんな会話を繰り返しながら、この新書がすごい!フェアの参加作品が決まった。

「これだけのラインナップだと結構売れそうだよね。塾生6人の店はいいとして、それ以外の店にもフェアに参加するチャンスを与えたいんだけどいいかな?」
と丸山が言いだした。
「いいんじゃないでしょうか」
と二人が答えて、社内ネットにアップしてチェーン内他店へフェアの案内をすることが決まった。
どれだけ反応があるか楽しみだ…丸山がつぶやいた。
最近、独り言多くないですか…

1月15日に丸山からメールが届いた。
「この新書がすごい!フェア」の参加希望店が20店舗以上集まった。
「これだけ参加する店が多いんなら全店フェアにしたい」
と本部で相談をしたら、思いの外簡単に許可が出て、全店フェアをすることが決まったという内容だった。




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