2015年6月15日月曜日

私のミリオンセラー計画 5

 4.  計画の発表 2


酒井の説明
「O出版社の酒井です。第一に目的です。弊社の文庫で一番刷り部数が多いのは佐々木作品の32万部です。次いで風原さんの6万部。この差からわかるように、弊社の佐々木作品に対する依存度は非常に高いと言えます。その例として、昨年10月に発売予定だった作品が今年の1月に延期になったことで、2009年の文庫売上実績は前年比で86%と落ち込みました。それだけが要因とは言い切れませんが、かなりの割合を占めることは確かです。そこで私は『第二の佐伯を探せ!』という計画を立てました」

佐伯先生…時代小説の旗手。O出版社さんのドル箱作家ですね。

「そこで今回、弊社では『朝帰り』を取り上げました。私がこの作品を選んだ理由は、出版点数が少なく1巻目の実績が大変好調だったからです。初版2万部から重版で28000部まで伸ばしています。また、この作品がデビュー作であり、新刊を入れてもまだ3点と仕掛けやすく、期待できる作品なのではないかと考えました。
次に拠点作りです。私がこのような商品の実績を見るのに参考にしている店舗が2店舗あります。一つは岩手県の書店、もう一つは北海道の書店です。前者は盛岡市の駅ビル内にある書店さんで、高校生からサラリーマン、主婦層まで幅広い客層が取り込める店舗です。後者は女性向け商品を仕掛けるにはとても良いお店ですが、今回は時代物ですので岩手県のお店が当てはまります。実はすでに昨年から仕掛け販売を行っていただいております。実績は弊社の文庫全国第Ⅰ位の横浜の書店さんなどに続く、全国第4位。なかなかの数字です」

文庫で攻めるわけですね、O出版社さん。
東野さんみたく、ドラマや映画になると店頭での動き方が凄いのだろう。

「チェーン店への展開ですが、岩手県の書店の結果を持ち、ナショナルチェーンの本部へアタックしたところ、全店での平積みをしていただき、現在までで1267冊入荷の748冊売れと、なかなか好調です。3巻目の発売で、これがまた変化することに期待したいところです。
次は話題性の提供です。弊社は宣伝部と組んだ営業を心掛けています。新聞広告や雑誌への広告ページ、書籍・コミックなども宣伝部との話し合いで決めています。実績が出たものはすぐ載せるフットワークの軽さが弊社の持ち味なので、話題作りへの協力体制は整っています。最後に今後の課題です。首都圏で爆発的に売れるお店を見つけることが必要ですし、山村書店のG店さんなどは客層も合っているのではないかと思います。他チェーンに説明しやすいので、広がりが出てくると思います」

まずは社内でがっちり組まないと。コミュニケーションは確かに重要ですね。
お疲れさまでしたと丸山が声をかける。

「10万部レベルの作家が作れれば、10作品でミリオンは容易でしょうから、実現性の高い企画だと思います。ただし、今一歩納得できないのは、作品の中身をどう評価したのか、ミリオンセラー作家にできると思える素材なのかが、今の説明では伝わりません。ミリオンセラー計画ですから、実施項目を並べてこうすればできるという納得性も必要です。その意味で、少し信頼性が欠ける計画ですね」

すみませんと酒井が頭を下げる。いや、個人的には私も佐々木ファンですよと丸山が笑った。


小泉さんお願いしますと言われ、立ち上がった大男は、ちょっと冴えない表情だった。
「えー…私が提案するのは介護関係の本ですが、皆さんのお話を聞いていると、何だかもの凄い違和感があります。引っ込めたほうがいいのではないかと思ってます」
そう言うと、どうもすいませんと小泉は頭を下げた。
いきなりのエンディング。遠慮がちな暗い表情だった。


 山岡の説明
次はⅠ年生の山岡さんよろしくと言われ、恥ずかしそうに立ち上がった山岡が説明を始めた。
「私のミリオンセラー計画は『マネジメントの力』を取り上げました。昨年12月の新刊ですが、現在までに重版を重ね、つい先日、8万部に達しました。今回は漠然と売り伸ばすのではなく、いわば数値の見える化を考えまして、法人のシェア率から算出した目標値を設定しました

山岡はエクセルシートを全員に見せた。
「各法人担当はミリオンセラー計画を、自分の担当する法人にご案内します。おかげさまで都内の書店各社の認知度は高めです。そして月次データが出るごとに法人別に売上を確認します。経営の力売上シェアを算出し、合計売上のシェアと比較した上で、売り損じをチェックします。これが計画推進のための一つの柱だと考えています」

ふう、と山岡は一息つくと、皆の顔を見ながら話を続けた。
「もう一つの柱は話題作りのための方策です。ミリオンセラー計画のために、社内プロジェクトを発足させる予定で、社員から話題作りのためのアイデアを募集中です。話題作りのために目論見中なのは、次の5項目です。
 1 献本の充実で書評や記事への取り上げを期待
 2 許諾が取れた場合、企業での採用もPRに活用する
 3 新聞広告など宣伝の拡充
 4 ウェブやツイッターを使用したPR
 5 著者をからめたPR

こうした話題作りが成功したら、書店さまにご案内して商品の展開強化のお願いをしま す。これらを定期的に繰り返して100万部突破を目指します。
この作品を自分自身ではものすごく売りたいと思っていますので、何とかプロジェクトチームに参加させてもらって、積極的に関わっていきたいと思います」

聞き終わると、丸山は山岡をじっと見てこう告げた。
「ありがとうございました。計画書に赤字を入れたものをお渡しします。えーと、基本的にこれは計画書になっていません」
その言葉を聞いた瞬間、山岡の顔から血の気が引いていくのがわかった。


ダメだし
「前回申し上げましたが、10万部計画は4つのストーリーで組み立てられています。アイデア募集中では計画とは言えません。何々をすることで10万部まで売る、何々をすることで20万部まで売り伸ばす。その次のステップではこういうことをして30万部、そして何をすることで50万部、さらにミリオンセラーを目指すにはどういう施策があればいいのか。実施する項目とその目標部数を明記することで、計画そのものの評価ができます。当然ですが、その実現可能性もチェックできます。この宿題は計画書になっていませんので、お返しします。もう一度書き直してください」

確かにストーリーはない。何をしたことで何十万部になるのか、などと考えて作っていないのかも。肩を落とした山岡に、丸山さんが続けた。
「でも山岡さん、この本売れるよ。今の8万部が3カ月で30万部まで行くと思う」

ええっ!
山岡はびっくりマークが顔に貼りついたようになってしまった。靖子を始め全員が驚いた様子で、ざわついた雰囲気になった。予想もしなかったコメントだったからだ。

「計画書の書式だとか、実施項目のあいまいさ、ストーリーの欠如が評価を低くしているだけです。本の選び方は正しいし、プロジェクトの立ち上げ、ウェブやツイッターでのPR、献本作戦などが現実にできれば、可能性は非常に高いと思います。アイデアはいいんだけど、計画書の書き方がなってないということ」

わかった?と念を押された山岡の顔からさっきまでの暗雲が消えていくのが靖子にもわかった。
「はい!」
山岡は元気に返事をした。

『カント』は首都圏の大型店を中心に、ボリューム感たっぷりの陳列で10万部まで来た。フェーズ1がこのパターンだった。次に打つ手は何だろう…
あ。…靖子の頭に、地方という言葉が浮かんだ。

地方都市の大型店への仕掛け売りの広がり…それをするために必要なことはと、まるで連想ゲームのように浮かべてみる。そのためにはまず、首都圏の有力書店のベストテン第一位という文字が入った新聞広告が打てれば、実現可能性が高まる。
そうか…こんなふうに考えればいいんだ。

新しいことができると思い、嬉しくてそればかりを考え、基本となっている10万部計画のストーリーをすっかり忘れていた。地方の大型店に仕掛け売りが波及すれば、着実に20万部が見えてくるような気がする。

フェーズ2ではパブリシティに載せることを考えていたが、広告出稿を考えた方がいいのかもしれない。

その次に全国的な展開にするには何が必要なのだろうか。それには幅広く書評やパブリシティとして紹介されることだろう。そのために献本作戦を採用するのだ。順番を考えるとフェーズ3が正しいのかもしれない。

こうして順々に考えていくと、パブリシティに取り上げられれば、50万部まで見えてくるような気がした。靖子は次に提出する修正計画は、誰でもが見ればすぐに納得してもらえるような内容にしようと誓った。


 最後は青木
最後に酒井と同じO出版社の青木が残っていた。

「私のミリオンセラー計画は、サッカーの決定力をテーマにした新書です。昨年12月に発売された、わが社の新書創刊のラインナップに入っている本です。現状、ある程度の実績を残して重版もかかっていますが、まだ売り伸ばせる余地があると思います」
サッカー本を取り上げてきましたか…ちょっと興味あります。

「一番の理由としては、ワールドカップイヤーであり、国民の関心がサッカー、特に日本代表に対して向けられていること。第二に、著者がスポーツライターとして実績があり、他社の本も売れていること。新書新刊台や棚前だけでなく、話題書コーナーやスポーツコーナーにも目立つように展開していただいているお店は実績がいいこと。第三に、昨年創刊した新書はまだ3点しか出ておらず、刊行ペースも不安定な新書の今後を考え、レーベルとして知名度を上げていきたいという思惑があります」

なるほど。一点突破でO出版社新書というレーベル自体をブランドにしたい、と。

「そこで雪中書店さんで実績の良いお店や20代、30代の男性客が多いお店を中心に、5店舗ほど仕掛け売りをお願いしたいと思います。実績が出たら他のチェーンの男性客の多い店を中心に仕掛け店を増やして、最終的に今年6月のワールドカップまでに10万部、20万部と部数を伸ばし、ベストセラーを目指したいと思います」
よろしくお願いしますと青木が話を終えた。

じっと聞いていた丸山が口を開いた。
「青木さんは新書ですね。新書は10万部以上の作品が出ると書店での扱いが有利になることが多いので、取り上げる意味は大きいと思います。ただ、最近のジャパン、つまり日本代表の観客動員数が低調だと聞いていますので、その辺がどうなるのか気になるところではあります」

確かにこのところのジャパンは人気が低迷しているらしく、視聴率も取れない状態が続いていると新聞にも書いてあった。

「それから、具体的にどの店を仕掛け売りの店に選ぶのか、店の担当者への営業スタイルはどうするのか、商品の展開方法と目標部数はどうなのか、このあたりを具体的に作らないと難しいし、計画に対する納得性が出て来ないので、この企画はボツになってしまう可能性があります」
ぎょ、何と厳しいご意見。

「しいて言えば10万部計画なのでしょうが、そのあたりを書き直さないと難しいでしょう。私に何かを求めているのだとすれば、売れる予感をさせるものでないと動けませんよ」

柔らかく丁寧だが、厳しいコメントだった。青木が固まっている。
青木が挙げた本も小泉同様、対象客が絞られているような気がした。これを10万部売るのは厳しいのでは? しかし丸山は、青木の計画の大枠は認めた。何か考えるところがあるのだろうか? 新書は売りやすいから?

それにしても…全員が書き直しを命じられてしまった。
丸山から見れば、計画書への考え方が甘過ぎると映っているのだろう。綿密に考えないと、ミリオンセラー計画なんて実現できない。できるはずがない…

こうして2回目の丸山塾は終了した。

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