2015年6月3日水曜日

品揃えでお客さまを呼ぶ

参考資料 テキストVol.3

快適な店舗環境の設計

80年代のはじめ、管理職になって2年目に新規出店の経験をさせてもらった。
「専門書中心の店になるので、人文書担当を経験した君を書籍売場の責任者に指名した。書店人は出店を成功させてはじめて一人前と認められる」
と役員に言われた。
開店予定日をさかのぼる約半年前に、出店準備委員会に招集され準備作業に入った。そこで初めてに出会ったのが、N社のプランナーとデザイナーだ。彼らにはコンセプトに基づいた店の作り方を学んだ。
コンセプトとはどういう店にしたいかを概念で示すもの。レイアウトや商品構成、什器の設計段階になると、コンセプトに従って考えると容易に意思決定ができること、ともに働くメンバーの仕事の基準を共有化するのが容易になることが理解できた。

プランナーとデザイナーの力を借りて、SCのコンセプトにも合うファッショナブルな店舗環境の設計が出来上がった。
充分な通路幅を取り、中棚の高さを1500ミリに統一して、店舗空間をゆったりと広く見せる。棚板にはすべてアールをつけて、目に優雅、触って優しく感じさせ、色は白くして清潔な印象を持たせる木製什器を特注した。
雑誌や実用書など足の速い商品群のゾーンの床はPタイルを敷いて軽快感をだし、作品と向かい合いながら選んでほしい文芸作品や重厚な専門書のゾーンには絨毯を敷いて、ゆったりとくつろげる書斎感覚を味わっていただきたく。

エスカレータ降り口前の5坪のスクエアなゾーンには大理石の大きなステージを置いた。そこには商品は置かず、大きな花瓶を置いてフラワーアレンジメントで生花のみを置き、潤いのある空間にした。こうした特徴的な店は当時全く存在しなかったし、快適な店舗環境と合わせ、とても独創的で魅力的な空間ができあがった。
若い女性中心のファッションビルに、専門書が6割を占める店を作っても成功するわけがない、と本部スタッフにも言われる状態の中で、当初から苦戦が予想されていたのだが、それを跳ね返せそうな店舗環境ができ上がった。

店を構えて商売するときの基本は品揃えだと思う。快適な店舗環境やお客さまに対する接客もとても重要だけど、最終的に欲しい商品がないとお客さまはお買い物に満足しないだろう。だからジャンル担当者になった時点で良い品揃えをすることが要求されている。
新店の立ち上げや、既存店のリニューアルの時に使った、お客様を呼び込むための品揃えの考え方を披露しよう。参考になるといいのだが…


品揃えの考え方

特徴的な品揃えを実現させる為に行ったのが商品群別調査だった。競合が想定される3店舗の徹底調査によって、それぞれの店の強み弱みを分析し、ランチェスター弱者の戦法を駆使して、競合店の弱い部分を自店の強みとしていく商品構成ができ上がった。

4割しかない比較的足の速い一般書は、SCが集客してくれる20代の女性に徹底的に迎合する構成にした。児童書というくくり方をやめて「絵本・童話」とネーミングして、大人の女性向けの品揃えにした。コミックと小・中学参は置かなかった。
文庫は女性エッセイを重点強化し、文芸は外国文学を客導線の入り口に置き、若い女性が回遊しやすいような構成にした。
実用書は最重要視したジャンルだった。中ジャンルでは料理、健康、スポーツをメインと位置づけた。料理書ならば、20代の女性に向けた入門書から、プロの料理人をターゲットにした専門料理書まで、入門から専門までをこだわった品揃えを実現させた。
専門書は県内一の芸術書コーナー、圧倒的な棚本数の中で、心理を導入部において、奥の壁には重厚な歴史を配置した人文書、理学を重視した理工学書というように、若い女性にもなじみやすいような、ちょっとした変化を持たせた専門書売場を作り上げた。
文房具売り場は面積が小さいこともあってPEN&PAPERに特化した。

商品の品揃えは出版社の方々にお願いして目録を取り寄せ、懇意にしていただいていた出版社の方々に都内の主要店の販売データを提供いただいて、3ヶ月かけて綿密に選定し注文書を作成した。
自分自身は人文社会のジャンルの選書に携わったが、当時はPOSデータがなかったので、人文会、歴史書懇話会、法経会等の業界団体の出版社の皆さんの応援がなければできないことだった。
書店は新規出店の度に出版社回りをするが、このときは特別に人文会の例会に出席させていただいて、出店の趣旨説明と出品の依頼をさせてもらった。これもそれまでの出版社の方々との交流があったからこそできたことだと考えている。

コンセプトの共有化ができてメンバーの方向性が定まり、一本筋が通った特徴的な商品構成と品揃えができ、SCの集客と自店の集客がうまく機能して、客層の二重構造が作れたことが成功をもたらしてくれた。


棚の性格づけを明快にする

開店の日に店の全体を見渡せる階段の踊り場にいて、開店と同時にお客さまが階段を駆け上がってきて、通路全面をお客さまが埋め尽くすのを見た。
そして、午後になるとレジがフル回転する忙しさに安堵の表情を浮かべることができた。出店は大成功だった。

SCは想定したターゲットをテナントミックスと総合的な環境設計で、お客さまとして呼び込んでくれる。ただ、その客層だけに特化した店作りをすると、書店の特徴である客層の広がりが作れないし、客数も限定されてしまう。
ファッションビルという環境の中で、自店の魅力で店独自のお客さまを呼び込むことはとても難しいことだが、競合に負けない魅力ある品揃えが実現できれば、それが可能になることをこの出店で教えられた。
品揃えでお客さまを呼ぶことが店舗を構える商売の基本だし、そこに手を抜かないこと、新しい価値観を店舗から発信すること、これらが重要なことだと理解させてもらった。

お客さまにとってわかりやすい売り場、商品を探しやすい売り場づくりを店舗コンセプトの柱の一つにしていた。
それをどのように実現するのか考えて得たひとつの結論は、棚一本ごと、あるいは棚一段ごとの性格づけを明快にすることだった。
棚一本には違うジャンルの商品を混在させないことを徹底させた。たとえ隣接ジャンルであっても、棚を超えて紛れ込ませたり、途中の段から違うジャンルの商品を置いたりすることは固く禁止した。
棚の一番上の段の左端には棚プレート代わりに、配置したジャンルの代表的な辞典や事典を置くことも推奨した。商品自体が分類表示の役割を果たすと考えたからだし、同様に、細ジャンルの配置にも棚一段ごとの明快性を持たせるようにした。

お客さまにとっての探しやすさを追求していくと、棚の前に立った時、一目で眼前の棚のジャンルか何か分ることが最も大事なことだと思う。そのために棚一本ごとの性格づけが明快になるような商品の並べ方を徹底させた。
当然、隣の棚との親和性も考慮して、商品同士が関連付けできるような棚配置をジャンル担当者に考えさせて、ジャンル内の商品配置では性格づけの意図がお客さまに伝わるようなつくり方をさせた。

担当が変わると品揃えが変わることはよくあること。品揃えが良くなったというお客さまの声が聞こえたなら幸せなことだと思う。

回遊性の高いレイアウトをつくる

80年代に出店を経験させてもらった店はフロアに2か所の導入部があった。一つはエスカレータで、もうひとつがエレベータだった。多層階にあるほとんどの店ではエスカレータを客導線として一番重要視するだろうと思う。

エスカレータとエレベータが反対側についていたので、どちらを入り口と考えどちらを出口とするか結構微妙なラインだった。そこで考えたのが客層によって使い分けが生まれるのではないかということだった。
エスカレータは各フロアを巡って上がってくるので、SCのテナントミックスに対応してお買いものを楽しまれるお客さまが使うだろうと想定した。
エレベータは自店だけを目当てに、駅のコンコースから直接来ていただけるお客さまが利用すると考えた。

店は通路を挟んで3つのゾーンに分けて商品構成をしていたし、それぞれのゾーンへの行き来がしやすいように、通り抜けるのが容易になる棚配置をしていた。だから、商品を見ながら入口から出口まで回遊しやすいように商品を配置するようにした。
エスカレータの登り口が東側の端にあり、下り口が店内のほぼ中央にあった。そこで、登り口からエレベータのある西側のはずれまで、一本の大きな通路を通って店の端まで行き、引換して途中のエスカレータの下り口から帰れるように客導線を想定した。

エレベータで直接上ってくるお客さまは、店が独自に呼び込むお客さまを想定していた。エレベータから出て左側に芸術書を、右側に専門書を配置することにした。
真ん中のゾーンはスクエアな商品として雑誌、実用書、旅行書を置き、エスカレータの降り口まで見通しやすいように配列にした。

エスカレータで入店してくるお客さま向けには絵本・童話、文庫新書、文芸書、人文書の順に配置して、配置そのもので入門から専門までの意識を持つように考えつつ、SCの想定するゾーンのお客さまのニーズに対応できるように配置した。

結果としてメインの客導線はエスカレータ使用だったのだが、専門書ゾーンの集客が順調にできたおかげで、エレベータの使用率も割りと高めにすることができ、全体として回遊性の高いレイアウトになったと考えている。



客層の二重構造をつくる

初めて若い女性向けのファッションビルに約300坪の店を出す、というシチュエーションだったのだが、SCとしてはメインターゲットを決めてテナントミックスを考えて施設をオープンさせている。
ビルとしての宣伝も25歳前後の女性向けにターゲットを絞っていたし、入っているテナントもそのゾーンに合わせた一流の店ばかりだった。SCもテナントもそれぞれにターゲットに合わせた集客を目論んでいた。
だから、25歳前後の若い女性は十分に集客できるけれど、書店はその層だけをターゲットにしても難しいし、ターゲットに合わせた店づくりをするなら、300坪もいらないはずだ。

ファッションビルに300坪の専門書を中心にした店をつくるとなると、SCの狙っている客層以外のお客さまを集客しないと店として成り立たない。
経験のある方なら誰でもわかることだろうと思う。そこで、品揃えでお客さまを呼ぶことが実際にできなければならないという覚悟が生まれた。

幸い、超大型駅の駅ビルの5階という立地条件も良かったし、ファッションビルにフィットした快適な環境で、時間をかけて商品を選べる条件もそろった。そして、商品の関連性を意識した商品配置で回遊性の高いレイアウトもできた。
あとは競合店との違いを商品構成と品揃えで表現すればいいとその時は考えたし、入門から専門まで小ジャンルごとに細かく意識した品揃えをすれば絶対競合店には負けない自信があった。

他の書店にはない新規性というものの表現が店舗環境や什器の設計で可能になったし、ゾーニングや商品構成も、独自色の強い新しい切り口を多く取り入れることができた。

専門書のゾーンは40代から50代の客層がお金を落としてくれるはずだし、芸術書は60代、70代の方が、2~3万円する商品でもよく買うお客さまになってくれるだろう。
店としては、お金を落としてくれる客層を呼び寄せるための品揃えを重点的にしなくてはならないし、それは実現できたと思っている。

その条件をクリアできたからこそSCの呼ぶお客さま以外に、店独自のお客さまを呼びこむことができたので、客層の二重構造が出来上がったということ。これでようやく300坪の売り場面積も意味のあるものに変わったと言える。


コンセプトを実現する品揃え~

店づくりを成功させるにはコンセプトが重要で、そのコンセプトを具体化する方法や手段を持つと狙い通りの店づくりができるようになる。
店の内装や外観、什器の設計、通路幅を意識した棚配置なども、コンセプトが実現できるように配慮することが必要だ。
商品の品揃えもコンセプトに従って行う。
中心的なターゲットを何処に絞り込むか、コンセプトに盛り込まれているはずだし、中心的な客層に向けた品揃えが最も重要度が高くなる。
立地条件によって客層構造は変わるので、メインターゲットに合わせて品揃えすることが必要となる。周辺的なターゲットに対する品揃えは多少手を抜いてもかしかたがないと考えられている。

どのような店を作ればいいのか。
当然、お客さまは居心地が良くて、楽しく、安心してお買い物ができる店を望むのだろうが、これでいいと決める絶対的なものはない。
基本的には相対的な事情で良い店、悪い店の評価が決まる。

市場調査で競合状況を把握し、自店と競合店との強み弱みを分析し、立地条件、規模を勘案して、店づくりの方向性を探り、強みを伸ばして弱みを消していくと、競合する相手に打ち勝っていける。
規模的に地域一番店であるのか、二番店の規模でも立地条件がいい場合はどうするのか、面積的にも三番店で立地条件も悪い場合はどうするのか。
それぞれ生き残りのための戦略は設定できる。

戦略を元に作成した店づくりの概念、考え方を文章で表現して、誰にでもわかるようにしたものが「店舗コンセプト」だ。
コンセプトはスローガンとは違うので、「○○をする事で△△の店とする」というような、方策○○と目標△△が明記された文章の方が、共通理解が得やすく、誰にでも分かりやすくなる。
方策はブレークダウンしていくと細かな実施項目になり、目標は水準が明記されていると具体的な数値目標に落とし込むことができる。
具体化された店舗コンセプトに従えば品揃えの方向性が定まり、どのような商品をどのレベルで揃えるかが決まっていく。



0 件のコメント:

コメントを投稿