2015年6月18日木曜日

私のミリオンセラー計画」 6

5. パブリシティの季節

一体、何が起きてるの?
『カント』が最初にパブリシティに登場したのは、2月13日放送の『王様のブランチ』だった。発売から丁度1ヶ月経った頃の出来事だった。六本木のある書店が、「今、お店で一番売れている本」として紹介した。

紹介した書店員さんも番組に出演し、書影がしっかりと映っていた。ちなみにその店は靖子の担当だった。
初回に100冊納品して、一等地での大きな展開をしてもらっていた。そして、それが驚くほど売れていった。『今なぜカントなのか』それが肝になっていて、興味を示した番組の方から取材があったと聞いている。

E社にも連絡があったし、放送する予定も聞いていた。初版18000部の本が2刷り50000部、3刷り35000部という大きな部数での重版がかかり、E社史上最速発売1カ月で10万部が達成できた。

『王様のブランチ』の反響はとても大きく、TV番組のパブリシティ効果の大きさに靖子をはじめみんなでびっくりした。重版分の在庫がすぐに底を尽き、また重版にかからなければならなくなった。
さらにその翌日、産経新聞の「話題の本」でも紹介され、業界紙にも担当編集者のインタビュー記事が載った。『カント』にパブリシティの季節がやってきたのだ。ミリオンセラー計画は2月10日までにメールで提出していたし、ミリオンセラー計画の実施段階に向かって幸先の良い出来事だった。

3月に入ると、再びカントに異変が起こり始めていた。最初の波は2回目の丸山塾が開催された日の前後だったが、今度は新聞に紹介され始めたのだ。
3月3日、日経新聞の「ベストセラーの裏側」に掲載された。これは少なからぬ反響があった。しかも朝日新聞で紹介されることが予定されていたこともあり、『カント』は大きな部数での重版が決定された。

そして3月7日、朝日新聞の日曜日の書評欄の「売れてる本」で紹介された。同時にE社はカントの全五段広告を掲出した。書評記事と広告が連動し、その反響は大きかった。
3月の前半だけで3紙に掲載されるとは…

「献本作戦が実ったんだろう」
さもありなんと丸山が話す様子が目に浮かぶ。もちろん首都圏の大型店で大きな展開をしている影響は大きい。書評コーナーの担当者も書店を回って商品の展開状況を見ているし、売れ行きには敏感だ。それぞれの店のベストテンコーナーの銘柄もチェックしている。
担当編集者のプレスリリースが効いたのだろうと靖子は考えていた。


 三回目の波
3月16日、今度は3回目の波だ。『カント』がNHKの『おはよう日本』で紹介された。
暴走する資本主義が崩壊して、混迷する日本社会の状況に対して、人々の古典への回帰現象が起きている。古典物の代表としてこれらの作品は売れているのだ、というような文脈で紹介され、またしても売上が跳ね上がり、営業部には電話注文が殺到した。

放送後は売上がブレイクしたこともあって、書店各店のベストセラーランキングに登場するようになり、結果的に『王様のブランチ』でのランキング情報の常連となった。『カント』はそんな路線を歩んでいる。
1月の発売からわずか2カ月半で、すでに30万部を超えた。
ちなみにこの日は毎日新聞でも書評が出た。

ふと、富士急ハイランドのジェットコースターを思い出した。座席が前後に回転したり、ひねりや宙返りが入るとんでもないアトラクションだったが、以後、靖子はやみつきになってしまった。この状況はまさにそんな気持ちだった。
営業部のメンバーは朝から晩まで店から店へと出ずっぱりで、本当の意味で忙しい毎日がやってきた。

3月下旬の飲み会の夜に、パブリシティ情報を、丸山がこんな風に出席者に発表した。
「どうしてそんなに詳しいんですか?もしかしたら私以上に詳しいのかも」
靖子が質問する。いかリングを頬張る丸山は、ちょっと赤ら顔だった。いつもより飲むペースが早い。
「日別データを取ってグラフを作ると、異常値が発見できます。売れ方のトレンドも予測できます。その異常値が、一体何によってもたらされたのかを調べると、動きの本質がわかる…んだよねえ」
なるほど。しかし丸山さん、上機嫌ですねえ。

「毎週データを送っていただいている意味が、ようやくわかりました」
丸山は毎週月曜日、靖子あてに売上データを送ってくれていたが、他のメンバーにも同じことをしてあげていたようだ。それを眺めているだけではダメなのだ。
それとねと、丸山が続ける。

「E社も、ホームページにパブリシティ情報が載ってるでしょ? そこをチェックすれば、すべてわかります。異常値が出た時って、喜び勇んで情報が書き込まれているから。グラフそのものは単純に日別の売上を記録しているだけでも、右肩上がりなのか、右肩下がりなのかを見て、その異常値チェックができれば、その本の立ち位置だけじゃなく、今後の流れが読めるってことです」

「…まだまだ行けそうだ、いやちょっときつくなってきた、などと判断して仕入れの目安にしているわけです。『カント』の日別売上データをチェックすると、多少の出っ張りや引っ込みはあっても、大枠で見ると右肩上がりに推移している。まだまだ売れるだろうし、山場がこれからやって来るような予感を…うっく、感じますよ」
食べ過ぎです、いかリング。

確かに丸山の話を初めて聞くと、びっくりすると思う。けど…私は塾生だし、雪中書店の各店も長く担当しているし、丸山流儀がつかめていますよ。

「そんなに自信持って、言い切れるものなんれすか?」
同席していた青木が丸山に尋ねた。ろれつがちょっとおかしい。

「三十数年の経験から判断すると、すぐに動きが止まるとは考えられません。ましてや、芳川さんがミリオンセラー計画を実行中なんですから。違いますか?」
丸山が靖子に振った。
〈ははは、そうなるといいと思います〉

同席していた山本も考えていた。いいな、ミリオンセラー計画って…羨ましい気持ちもあったが、山本の10万部計画もA店が非常に強い売上を作ってくれたし、その影響を受けて商品を展開してくれたC店でも同じような売上を作り始めていた。
山本は自身の計画が動き始める手応えを感じていた。芳川と同様に丸山から日計の売上データを送ってもらっているが、確かに分析には使っていない。勉強しないといけないなと思った。

青木がワインを追加する。ようしと、丸山がビールといかリングを追加した。
まだ食べるんですか、それ…
それからもワイワイガヤガヤと飲み会は続いて11時過ぎに終了した。


長谷川の計画書
3回目の会合があった。
靖子は営業の区切りがつかなくて大幅に遅刻してしまった。講義は終わって、質問タイムに移っていた。

「次に、長谷川さんが今回計画書を出していただきました。説明をお願いします」
W出版と言えば…ひょっとして今、急上昇中の『ダイエット食堂』?
靖子はつい先日、営業先の書店で『ダイエット食堂』を衝動買いしてしまった。
まあ色々、気になると言えば気になるし。

「提出が遅れてすみませんでした。私の計画は30万部売り伸ばし計画です。対象商品はスポーツ用品メーカー本社の社員食堂の管理栄養士チームによる『ダイエット食堂』です。Ⅰ月23日の発売で、現在2カ月ちょっとになりますが、おかげさまで6万部に到達しました。仕掛け店で結果が出ていますし、内容がユニークなのでマスコミに取り上げられやすく、話題にしやすい本です」
〈たしかにパブに乗りやすい商材ですね〉

「拠点作りは街中店、オフィス街店、郊外店(東京近郊店)に分けて実施しました。店頭での展開写真と販売データをもとに注文書を作成し、各チェーン店のキーとなる2~3店舗でそれぞれ60冊以上の仕掛け売りを設定、合計50店舗で実施しました。その後、実用書に強い二つのチェーン店にアプローチし、料理部門などで1位となりました。この二つのチェーン店データをもとに、ナショナルチェーンに向けて交渉を始めています」
順調ですねと丸山がコメントすると、長谷川がはい、何か調子いいですと答えた。
「広告は朝日新聞に掲載しましたが、2月に朝日新聞の生活欄に記事として紹介されました。非常に効果がありましたので、その記事をコピーしてPOPとし、お店に配っています。今後も新聞広告は継続します」

「新聞社、テレビ局を中心に献本作戦を実行中です。また、テレビ朝日の『やじうまプラス』やNHKの『サラリーマンNEO』でもご紹介いただきました。現状では、広告出稿からパブリシティへの転換がスムーズにできています。朝のテレビ番組にも交渉中ですし、今後の広告展開も検討中です。こうした内容で30万部を狙います!」
力強いし、ちょっとカッコいい。

「なかなかいい企画ですね。この調子で頑張ってください」
シンプルな回答。私たちの時のような指摘が全くない。完璧な計画?
確かに面白そうな企画だし、すでに実績も出ている。

それに情報番組に受けそうな内容…また一つ、強力な作品が現れましたね。
でも、靖子も頑張っています。

「皆さん、私が申し上げたストーリーに沿って計画書を書き直してくれたので、私自身、とても素直な方々が集まったように感じました。ただし、そこに欠けている要素があることに気づきました。何だと思いますか?」
???
…何だろう。わからない。

丸山がみんなの顔を見回すが、誰も発言しないと見てとると、口を開いた。
「企画を推進する組織、いわば社内外、混成のプロジェクトチームです」
 あ。そういうことか。

「第二回目の塾で、囲い込みに関するお話をさせていただきました。ミリオンセラー計画で一番大切な要素は仲間作りです。出版社での社内チームはもとより、取次、書店、新聞社、テレビ局、ラジオ局なども含めて、いわゆる仲間を作ることで計画が遂行しやすくなります。当然ながら、わが雪中書店もここに集まるメンバーを中心に、皆さんの計画のお手伝いをさせていただきます」
「今日はこのへんで終わりましょう」

お疲れさまと言いかけた丸山は、あ、とつぶやいた。
「もう一つありました。O出版社からは3名の方が参加されていますが、それぞれ別々の本で売り伸ばすのは難しいそうなので、青木さんが進めている『決定力』を3人で売り伸ばすことに決まったそうです」

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